easyst’s blog

自由こそ至上とする中年の生存確認用ブログ

エベレストトレッキング(Day1, Feb 25,2017)

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いよいよエベレストトレッキングに出発。12日間13泊の予定だが、ルクラ−カトマンズ間の飛行機が天候不順で飛ばないことがあるのでまず現地に着けるかが最初の難関。早朝5時にガイドのニマさんと合流し、ドリブバン空港の国内線ターミナルにチェックインする。早朝にも関わらず、トレッカーや飛行機からエベレストを見るマウンテン・フライトのツアー客でターミナルはごった返しているいる。

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ルクラまでの飛行機はやはり遅れていたが、1時間半の遅延で出発できることになった。ドリブバン空港周辺に濃霧が発生しており、離着陸が遅延していたようだ。フライトは現地航空会社のゴマ・エアー。双発のレシプロ機で定員は乗員も含めて20名。同じ便扱いで2機が離陸する。

計30名ほどがルクラに向かうが、オーストラリア、ニュージーランド、米国の白人が多い。マレーシアでは中国、特に香港の観光客が多かったので欧米人の多さは新鮮。

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飛行機まではバスで移動するが、飛行機の前で15分ほど待たされる。ガイドのニマさんは、シェルパ族で中肉中背のいかにも山男と言った感じのガッチリした体格。彼は、伝説級のシェルパの一人で8,000m峰の登頂経験はもちろん遭難からの奇跡的な生還経験も持っている。2010年にマナスル登頂を目指した韓国の登山隊に同行したが、7,000m付近で隊が遭難。自身もクレバスに滑落し、自力で脱出に成功したが右手の指の第一関節から先は全て重度の凍傷で切断している。韓国隊は6名中2人が死亡し、ニマさんもベースキャンプからヘリで救出されたという。一連の事故は、日本のアルピニストのブログでも紹介されており、ニマさんの救出時の写真も掲載されていた。ニマさんの韓国隊のジャケットはその時に提供された物。

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カトマンズからルクラまで約80マイル、128キロほどを30分で飛行してルクラ空港に到着。ルクラ空港は世界一危険な空港とも言われている。標高2,800mの山間部に滑走路の端は600m下の渓谷という位置にあり、有視界飛行で短距離の滑走路に着陸しなければならないという危険な空港だ。2010年までは、ちょくちょく着陸失敗や墜落事故があったようだが、自分の機が事故ったら運が悪かったと諦める他無い。付近の山頂をすり抜けて着陸するのはスリル満点でちょっとしたアトラクションだ。

滑走路からは既に6,000m峰が見えてテンションが挙がる。ロッジのレストランでネパール・ティーを飲みながら本日の行程を確認し出発する。

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ルクラの通りは、ロッジ、カフェ、トレッキング用品店などが並んでいる。9時ということもありまだ店はあまり開いていないが、3月中旬から4月のシーズンはトレッキング客で賑わうという。

自分の荷物を運ぶポーターも手配していたのだが、荷物が軽いので人を雇う程ではないということでニマさんが自分のザックを背負う事に。ポーターの代金は、ニマさんの手元に入るということなので遠慮せずに荷物を持ってもらう。電子機器や水、予備の着替えをサブザックに入れて担いでいるが結局自分が担いでいる荷物の方が重い。

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道中は、ロバが時折通る山道だが登山道というよりかは生活道のような趣きだ。踏みならされキチンと整備されているので歩き易い。時折ロバやゾッキョの糞が道に落ちている。糞は草の繊維を多く含んでおり、乾燥して土になると道に堆積する。草の繊維を含む土はいい感じにクッション性があり道の歩き易さに貢献しているようだ。

途中、雲が多くなり、山間部にガスが発生してきた。振り返るとゴマ・エアーの飛行機が着陸をやり直しているのが見えた。ニマさんによると、自分達の後の飛行機はルクラ空港に着陸できず、結局朝の2便以外は欠航になったとのこと。自分達は相当幸運らしい。

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1日目の宿泊地のパクディンに2時間半で到着。1日目の行動時間、距離としては短過ぎるように感じたが、ルクラまでの飛行機の遅延が長時間に及んだ時の事も考慮すると一日目はあまり距離を稼げないだろう。

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パクディンのロッジでネパールのソウルフードダルバート」を食す。カトマンズではダルバートを食べてなかったのでこれが初体験。このロッジのダルバートが以降のダルバートの食べ比べでも一番美味しかった。

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ロッジの部屋は、小さなベッドが2つある個室。隙間風が入り、断熱もないに等しいので寒い。最初は、ペラペラのダウンの寝袋だけで寝れないかと試したがとてもじゃないが無理と判断。重い化繊の寝袋の中にダウンの寝袋を敷き、更にCocoonのトラベルシーツをダウンの寝袋の中に敷くとかなり暖かいことが分かった。以降は、この2重寝袋で凌ぐ。正直、この2重寝袋が無かったら道中の夜の寒さには耐えられなかった。

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竃やリビングのストーブで暖を取り就寝まで過ごす。ストーブも燃料が乏しいので夕方5時位にならないと付けない。向かいのロッジに泊まっているオーストラリア、ニュージーランド人の混成パーティーのガイドがビールを奢ってくれた。話すと混成パーティの連中は1泊200ドルのハイアットリージェンシーに宿泊している金持ちとのこと。その割には金払いが悪いとガイドに愚痴られる。混成パーティーの連中は結構若いので5つ星ホテルに泊まる金がよくあるなと思う。