easyst’s blog

自由こそ至上とする中年の生存確認用ブログ

プーケットに到着(March 13,2017)

f:id:easyst:20170329232315j:plain翌朝、プーケットまで移動。今回もKILA2内で2カ所のラウンジを利用。プーケット行きの便のターミナル側にチェックインしてからラウンジを利用したが、このラウンジは小規模で食事と一人掛けのソファしか利用できない。それでもターミナル内のベンチで待つよりかは遥かに楽。

クアラルンプールから一時間のフライトでプーケット国際空港に到着。160バーツの格安マイクロバスでパトンビーチのホテルまで移動。このマイクロバスは、バスが定員になるまで出発しない上、出発後、各人のホテルを確認する名目で旅行代理店のオフィスで停車する。オフィスでやたらとツアーやホテルを薦められてかなりウザい。一時間半でようやくパトンビーチのホテルに到着する。

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MVC Patong HouseはExpediaで一泊2,500円ほどのホテルだが安ホテルの割には悪くない。ただ、部屋に蚊がいることが多く、寝る前に蚊を始末しておく事をお勧めする。プーケットの蚊は、あまり動きが速くないがクーラーが付いていると音で接近を感知できない。しかし、血を吸い出すと何となく何かが付いている感触があり指でつぶせる。血を吸い出すと全く逃げないので日本の蚊よりかは退治し易い。

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外は32度ぐらいで南国らしい暑さ。つい数日前まで、部屋の中で水が凍るほどの寒さの所にいたとは思えない位の環境の変化だ。

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パトンビーチでカオマンガイが美味しいと評判のバイレイに行く。カオマンガイは、60バーツと安いが美味しい。コタキナバルで食べた不味いカオマンガイとは比べ物にならない。惜しいところとしてはタレが一種類しかないところ。それでも昼食は全てここのカオマンガイでもいいかなと思う程だ。

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ビーチを軽く見たら、片っ端からファンダイビングのツアーをしているダイビングショップに連絡する。結局、3日間で計8回のダイビングをすることになった。

タイ プーケットに移動(March 12,2017)

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16日間に及んだネパール滞在を終え、タイのプーケットに移動する。当初は、プーケットに行くことを考えていなかったが、エベレストトレッキングの疲れを南国で癒したくなり急遽プーケットを行きを決定。

出発前に最後にタメル地区で朝食を取ろうと出かけるが、通りの様子がおかしい。前日から何か祭りの準備をしているような気がしていたが、どうやらネットでも見たことがある色粉や水を掛け合う祭りのようだ。後に調べたところホーリー祭という春祭りだったがちょっと迷惑だった。通りを歩く人通しで色粉や水を掛け合うのだが、こっちは出発間際なので色粉や水など掛けられたくない。案の定、屋上からバケツから水が降って来たりと通りをもともに歩けなくなった。

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目的の店には行かず、慌ててベーカリー兼カフェに駆け込む。

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駆け込んだ店で朝食セットを頼むがこれが意外と美味しく安かった。色々な店を試してみるもんだと感慨にふけっていたが、ホテルへの帰り道で色粉を掛けられる。水でなかったことを幸いとしよう。

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空港でチェックイン後、プライオリティパスでドリブバン国際空港内のプレミアムラウンジを利用する。

昼食を取っているとここでもネパールらしさを目撃する。ラウンジの天井のパネルが雨漏りをしているということで何人かが梯子を立ててパネルの様子を見ていた。どうも一昨日の雨でパネル上に水が溜まっているらしい。ビルメンらしい人がパネルをずらすと大量の水が床に流れ落ちることに。スタッフとビルメンの人達で笑いあっているのだが、日本ではあり得ない事態だ。大量の水で床のマットはびしょ濡れ、ソファにまで水が飛び散って直下の一帯は使い物にならない。近くのソファで寛いでいた人たちも慌てて移動している。適当にモップ掛けした後、ソファを移動して下側に膨らんだパネルもそのままにして片付けたことになっていた。全く適当もいいところだが、これがネパールや他のアジア地域での一般なのかもしれない。

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飛行機の離陸後、カトマンズ市内を撮影する。雑多な市街地もしばらく見ることはないだろう。やはり寂しさは感じる。

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今度もクアラルンプールのKILA2に移動し空港泊になる。22時にクアラルンプールに到着し、プーケットへの便は翌朝の6時半なので前回の空港泊よりかは楽なはずだ。

 

モンキーテンプルを見に行く(March 11,2017)

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モンキーテンプルと呼ばれているスワナンブヤートを見に行く。チェトラパティ・チョークから徒歩で40分程度なので軽い観光にちょうどいい。

f:id:easyst:20170328194451j:plain途中、ドブ川臭のキツい橋を渡る。対岸には牛が放し飼いにされている。

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モンキーテンプルの名の通り、丘の階段から至ところに猿がいる。

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結構キツい階段を登る。右側は、子供連れの物乞いだらけ。時折年配の修行僧らしい老人が座っており、僧侶がお布施を渡している。物乞いに渡すことはないのでやはり宗教はそれなりの信者しか救わないようだ。援助とかはしているのかもしれないが。とは言っても自分も何かを渡す気にはならない。

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200ルピーの入場料を払って頂上部に入場。頂上付近からカトマンズ市街地を一望する。近代的なビルは一つも見えない。

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頂上は、猿と人でごった返している。

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タメル地区に戻って「小春」でカツ丼を食べる。丼ものも美味しい。

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現地のネパール人御用達のNew Everest Momo Centerで名物のモモを食べる。

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ここのモモは5個40ルピー、10個80ルピーと格安で美味しい。もう手持ちのルピーがないので夕食はモモを10個ここで食べて済ます。ピリ辛のタレが美味しい。夜もネパール人で賑わっている。

パタン観光とニマさんの家に行く(March 10,2017)

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乗り合いのマイクロバスでネパールの古都パタンに行く。運賃は15ルピー、約15円と格安。

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バスを降りてから周囲を歩くと車とバイクの列が。前に行ってみるとガソリンスタンドで給油待ちをしていることが分かった。相変わらずの喧噪とカオスぶりだが、インドに比べれば余程マシだという。

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パタンのダルバール広場に向かう途中の工事。重機があるわけではなく、人夫がツルハシで配管を掘り起こしている。

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ダルバール広場では入場料として1,000ルピー取られる。

もうルピーが残り少ないので1,000ルピーの出費は痛い。

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ネワール様式の精巧な木彫りや彫刻を見る。ただあまり興味がない。こういういかにも展示物じみた物より路地や通りの何気ない風景の方が楽しい。

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途中、雨が降って来たので博物館の精巧な木彫りの格子窓のところに座って休憩する。久しぶりの雨のような気がして外を眺めながら1時間近く過ごしてしまった。

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ただ、雨が降る何気ない景色が美しい。

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博物館から見える広場の通りも往来がなくなり、皆雨宿りをしている。バイクも通らなくなり、やかましいクラクションも聞こえない。こういった静寂のひと時に心が休まるような気がする。

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雨宿り後、パタンの通りを歩く。地震の影響がまだ残っており、至所に崩れたレンガの建物跡がある。

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野犬が揃って昼寝をしている。何となく微笑ましい。

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パタンの路地を抜けてカトマンズへの帰路につく。

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ホテルに戻るとちょうどニマさんがロビーで待っていた。

Ganesha Himalから最後の2泊をAvataar Katumandu Hotelに変更した。Avataar KatumanduはちょうどExpediaでセール価格が出ていたのでサービス料込で一泊約3,000円で予約できた。久しぶりにまともな内装のホテルに泊まれた気がする。水回りが古い感じがするがタメル地区では十分なホテルだ。

Avataar Katumanduに移動後、ニマさんのヤマハのバイクにノーヘル、二人乗りでニマさんの家に向かう。ニマさんの家は、ボダナートより若干西側の住宅地エリアということで雨の中リングロードと呼ばれる市街地の外環道を走る。

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家に着いたとのことで案内されるが衝撃を受ける。家はトタン板を貼付けた所謂バラックだった。周りにはモルタル壁の家もあるのでてっきり市街地にあるような家だと思っていたが、整地されていない空き地に建てられたバラック数軒の内の一軒だった。折しも雨あしが強くなり入り口から中は至るところで雨漏りがし、敷かれたマットは濡れている。

靴を脱いでマットにあがるも相当汚れている。しかも電気がないので暗くて殆ど見えない。発電機を動かして明かりが着くが物置のような環境だ。炊事場兼居間と奥にパイプベッドが2台置かれたスペースがありそこまでがニマさんの家のようだった。家と呼ばれているところでは今までこれ程のところは体験したことがない。正直に言って、ツアー会社にはそれなりの金額をエベレストトレッキング向けに払っているし、ニマさんの取り分もそんなに少なくはないと思っていたのでこれは衝撃だった。ニマさんは、3/14からランタンのトレッキングでガイドをするということで言わば人気のあるガイドのはずだ。ネパール人の相場でもそれなりの収入があると思っていたが不意を突かれた。奥さんと一才半になるソナちゃんが出迎えてくれたが、最初は電気が着かなかったので持って来ていたヘッドライトで屋内を照らした。

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夕食の用意の間、ネパールのどぶろくのトゥンパをいただく。酸っぱいが、下の方を飲む程アルコール度数が高くなるようだ。寒い屋内でも幾分か暖まる。夕食はやはりダルバートだが、ソナちゃん用の皿は殆どおかずのタルカリがなく、米だけで申し訳なくなる。屋内でも外と大して気温は変わらないのでソナちゃんもフードを被って厚着をしている。

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夕食後、別れ際に持って来たヘッドライトをプレゼントする。大した価格ではないし、また日本で買えばいい。リベロに二ケツしてホテルに帰るが何とも言えない気分になる。家族は皆一様に明るいし、暗さは全く感じないがネパールの暮らしの大変さを実感させられた。

エベレストトレッキング(Day13, March 9,2017)

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13日目。エベレストトレッキング最終日。

最後の問題は、ルクラに飛行機が来てカトマンズに帰れるかどうかだ。残念ながら昨日はガスで視界が確保できず飛行機は飛んでいない。しかし、奇跡的にゴマ・エアーが定刻通りルクラ空港に到着した。空港で初日に一緒になったオーストラリア人、ニュー時ランド人の混成パーティとガイドに会い、今日帰れたらお互いラッキーだねと話をしていたら本当に到着したので奇跡だ。どうも天候運だけは持っているらしい。

 

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ゴマ・エアーからクーンブ山群方向を見るが雲に隠れて殆ど見えない。山行中の天候も含めて本当に幸運だった。

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空港からタクシーでGanesha Himal Hotelに戻る。ここでニマさんに礼を言い別れるが、明日家に来ないかと誘われる。快諾して別れる。

ホテルに戻ったら急に日本食が食べたくなった。ガイドブックに載っている「絆」という丼もの中心の日本食店に行く。カツ丼で約300円。味も本格的で悪くないのだが、フードコート内のトイレに店が近過ぎる。トイレのキツい臭いが近くのテーブルにまで漂ってくる。この店を利用する時はなるべくトイレから離れた方が良い。

レンタルした寝袋とダウンジャケットを店に返しに行く。両方とも重くてかさばったが、お陰で命を救われた思いだ。ここまで装備の重要性を実感したのは初めてかもしれない。

夜は、カトマンズ滞在2日目に行った「小春」で夕食を食べる。この店の日本食が一番美味しい。

エベレストトレッキング(Day12, March 8,2017)

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12日目。ナムチェからルクラに下降する。

ナムチェを出てすぐにポーターが森側を指差している。何事かと見てみるとネパールの国鳥のダフェがつがいでいた。上が雌で下が雄。

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ジョルサレのチェックポストでデータを入手してみた。

チェックポスト内に入山者数を掲示していたので写真を取っておいた。上の写真の表はイマイチ意味が分からないのだが、別に1月、2月の入山者数の表記があった。2月の入山者数の合計は、1,363人とのことだった。2月の日数で割ると一日当たり48人の入山者数になる。街道で会ったトレッカーの人数からもこんなもんだと思う。チェックポストで漏れている入山者はいないだろうからこの数字は正確なはずだ。ナムチェから先に行っていない人数も多いはず。ディンボチェから先の各拠点上には30人ずつしかいなかったのではないかと推測する。ディンボチェ、ロブチェ、ゴラクシェプ間で計90人として一日あたり各拠点毎に4名程度緊急搬送されているとすると13%の確率でヘリで搬送が必要な程の緊急事態が発生していることになる。ニマさんによると3月中旬から4月の繁忙期はディンボチェ以降の拠点に一日あたり10回は緊急搬送ヘリが飛ぶとのことだったので3月、4月の入山者数は分からないが確率的には2月と同じかもしれない。エベレストトレッキングでベースキャンプにまで到達できる可能性は75%と言われている。成功率はともかくとして、13%の確率で緊急搬送が必要になる事態が起こっているのが怖い。10人に一人以上がヘリで緊急搬送されるというトレッキングコースは流石に異常じゃないかと思うのだが。2月と3月上旬という時期にも依存するのかもしれないが、これだけの観光資源に対して安全管理はかなりザルだ。ヘリの緊急搬送は一回当たり3,000ドルからという表記を見たが、ヘリの緊急搬送自体がサイドビジネス化しているのかもしれない。入山者数に対するヘリ出動件数、緊急搬送の内容についてもデータ化されていると思うのだが、あまり聞いたことが無い。あくまでも推測だが、エベレストトレッキングは比較的簡単であるというイメージが先行し過ぎているのかもしれない。明らかに装備が十分でない人間や事前情報を得ていない人間が山に行き過ぎているのではないかと感じる。ツアー会社やガイドも金になるので安易にトレッキングを請け負っているのではないかと思う。色々と意見は分かれるだろうが、入山規制とは言わないまでも何らかの対策が必要だろう。

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ナムチェからルクラまで20キロ程と流石に距離がある。途中ナムチェに向かうロバの一群とルクラに向かうロバの一群との間で渋滞する箇所が幾つかあり、時間を食う。繁忙期に向けてロバやポーターの荷揚げ量も多くなっているとのことだった。ナムチェに向かうトレッカーはまだ多くないが、繁忙期に荷揚げのロバとポーターで渋滞すると困るので今から大量の物資を運んでいるという。

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5時間程でようやくルクラに到着。空港近くのロッジで12日ぶりにシャワーに入る。ガスシャワーということで久しぶりに熱いお湯を浴びることができた。水圧は強くないのでそれ程身体を洗えないがシャワーを浴びれることに感謝する。

エベレストトレッキング(Day11, March 7,2017)

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11日目。ポルツェ・テンガからようやく標高3,440mのナムチェに戻る。

山道からポルツェを振り返る。空中都市ならぬ空中村という感じだ。

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ナムチェに戻り、2日目、3日目と同じくHimalayan Sherpa Lodgeに宿泊する。ナムチェまで戻ると文明世界に戻った感じだ。先行しているハンザワ君、ジュリアンに会えるかと思ったが彼らは下降を急いで既にルクラに到着したとのことだった。道中、ゴーキョ・ピークに登ったエンドウ君と会えたがナムチェで合流することができず再開を諦める。

ここで笑ってしまったのが、当初ナムチェに宿泊した際に一緒になったフィラデルフィアから来ているカップルがまだナムチェにいたことだ。彼らは自分達の出発後も寒いだの天候が悪いだの理由を付けてナムチェに滞在し、目的地のゴーキョ・ピークに向かっていなかったのだ。もうナムチェ付近は散策し過ぎて飽きたよ、と言うのだが当たり前だろとニマさんと笑う。3/14にはカトマンズに帰らなければならないと言っていたが、どう考えても二人のペースではゴーキョ・ピークに辿り着けるとは思えなかった。