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easyst’s blog

自由こそ至上とする中年の生存確認用ブログ

エベレストトレッキング(Day10, March 6,2017)

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10日目。ペリチェから標高3800m付近のポルツェに向かう。復路は、途中から往路とは逆の山腹道を歩く。こちらの山腹道も素晴らしい。かなり谷底まで切れ込んだ道もあるが、キナバル山のVia Ferrataに比べたら高度感は大したことはない。

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途中の寺院でマニ車を回す。

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ポルツェに着いたが、ニマさんが当初泊まろうとしていたロッジに人気がない。仕方なく谷側のポルツェ・テンガまで下降してロッジに宿泊する。

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今までのロッジの中でも日本の山小屋にありそうな雰囲気になって来た。それでも6,542mのタウチェ峰の麓なのでまだ寒い。

ロッジの小さな子供がそれ程の厚着でもなく日陰で鼻水を垂らしながら一人で遊んでいたが、この環境で鍛えられたら相当寒さには強くなるだろうなと思う。生きられたらの話だが。物資は乏しく、水、電気、ガスのライフラインは殆どない。燃料も乏しく、薪になる木もむやみに伐採できない。それでもエベレスト街道沿いの村の環境はマシな方だと言う。ネパールの環境を見てしまうと日本がいかに恵まれているかということを実感することになる。

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ペットボトルの水は凍らないが相変わらず部屋は寒い。この部屋は隣がシャワールームとトイレの水回りになっていて余計に寒い。

エベレストトレッキング(Day9, March 5,2017)

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9日目。いよいよ最終目的地のカラ・パタール(5,545m)に登頂する。

相変わらず朝はペットボトルの水がカチカチに凍結する。

隣の部屋のハンザワ君は、起きて用意をしている気配はない。ガイドが来ていたので一緒に起こしに行ってみたがやはり高山病での頭痛が酷く、カラ・パタール登頂は断念したいということだった。ゴラクシェプから300mの標高差になるので無理はできない。ハンザワ君は、本日中に出来るだけ下降するとのことだった。

雪は降っていないが、体感温度は−20度とのことで安物のフリースのグローブを2重にしてカラ・パタールを登る。流石に呼吸が苦しく、登り続けられない。20mおきに立ち止まり休憩しないと先に進めない状態だ。身体も全く暖まらずひたすら寒い。途中で何度かデジタルカメラで撮影するが、グローブでは小さな電源ボタンが押せず、グローブを脱ぐとすぐに指の感覚が無くなる。

まわりの登山者もかなり苦しそうで、ある女性は、両脇を抱えられていた。それでもなんとか登頂する。

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エベレストとローツェの間から朝日が昇る。

エベレストのサウスコルも見える。素晴らしい眺めとしか言いようがない。ガイドのニマさんと肩を組み登頂を喜ぶ。

インド人パーティーも登って来たが流石に全員は無理だったらしく5人しかいない。

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カラ・パタールの後ろのプモリを背景にして記念撮影後、ゴラクシェプまで下山。

早朝から緊急搬送ヘリが慌ただしくやって来る。ディンボチェ以降、各宿泊地毎に計2機はヘリの離発着を見ている。自分が宿泊地を発った後もヘリが来ているようなので結構な頻度だ。

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標高5,150mのゴラクシェプから標高4,252mのペリチェまで一気に下降する。途中なぜかゴラクシェプのロッジのスタッフが後ろから来るのに気が付く。話を聞いたところなんとハンザワ君がロッジの部屋の鍵を持ったまま下降してしまったとのことで追いかけているようだった。ハンザワ君は、標高3,985mのバンボチェまで下降してしまったとのことでロッジのスタッフもとんだ災難のようだ。これで日本人相手には部屋の鍵に注意しろとしばらくロッジのスタッフとガイド間で言われることになりそうだ。

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ようやくペリチェのロッジに到着するがここで問題の事実が発覚。

ペリチェにはこれからベースキャンプに向かう韓国のカップルが滞在していたが、女の子の方がペリチェより先の環境にかなりビビっているようだった。話をしてみると自分を見て更に不安になったとのこと。自分の顔は日焼けも酷いが、唇を紫外線にやられてかなり腫れていたので相当痛々しい印象だったようだ。しかも、3日前に緊急搬送されたオーストラリア人が一名亡くなったとのことでこれから先に進んでいいのか心配なのだと言う。ニマさんの方を振り返ると険しい顔をしてオーストラリア人は死亡したと言う。トゥクラからロブチェに向かう勾配のキツいルートで体調を一気に崩したが、8人構成のパーティーに対してガイドが一名しかおらず、体調不良者をフォローしきれなかったようだ。結局夜の内に容態が悪化し、朝に緊急搬送したが間に合わなかったと言う。死亡者が出たことはガイド間で伝わっていたが、登山中のトレッカーが動揺するので自分も含めて本件は伝えていなかったとのことだった。ニマさんは強い口調でオーストラリア人パーティーがなぜ4人に一名のガイドを雇わなかったのか、ガイドは一名でいいとなぜ判断したのか非難していた。が、ニマさんも含めて多数のガイドが8人パーティーの問題に気付いていたのであれば事前に何とかできなかったのかとは思う。今回の事態を起こしたガイドの会社は、ライセンスを剥奪されるとのことだったが、死ぬつもりで参加したわけではないだろうオーストラリア人が流石に気の毒だった。彼らとは、タンボチェの僧院や、道中度々すれ違っており、挨拶を交わす程度だが顔見知りだった。自己責任のトレッキングではあるが、実際に最悪の事態を知るとやるせなくなる。改めて考えてみると入山者数に対して緊急搬送の件数が多過ぎるのではないかという気になって来た。今回自分たちは2/25にルクラから入山したが同じ日にルクラから入山したのは30名程度だ。2/25前後の2日間はフライトが欠航しており、エンドウ君のようにヘリで入山した人数は10人もいないだろう。この数日間、自分と同じエベレスト街道のルート上には、100人もトレッカーがいたとは思えない。ディンボチェ以降各宿泊地で最低二人は緊急搬送されており、自分が移動している間も複数の緊急搬送ヘリを見ている。ディンボチェからの5日間で20人程度は搬送されているのではないか。そう考えるとかなりの事故率のような気がする。

エベレストトレッキング(Day8, March 4,2017)

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8日目。遂に8000m峰の入り口に迫る。

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クーンブ氷河を脇に見ながら最終宿泊地のゴラクシェプ(5,150m)に向かう。

しかし、ロブチェでは早朝から慌ただしく緊急搬送のヘリが2機飛来した。オーストラリア人8人のパーティーの内男女2名が緊急搬送ということでオーストラリア人のパーティーはロブチェで撤退するようだった。

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ジュリアン、ハンザワ君のガイドと共にゴラクシェプに到着。左手奥の丘がカラ・パタール、右手奥にはアイスフォールが見える。

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ゴラクシェプのロッジで休憩後、エベレストのベース・キャンプを目指す。

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ゴラクシェプからヌプツェ(右手)とローツェ(中央)を一望する。エベレストは角度的に奥なので見えないがローツェが眼前に迫る迫力に息を飲む。

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少しガスが出て来た為、霞んでいるが奥にエベレストが見える。ベースキャンプまではかなりのガレ場で足下には注意が必要になる。

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途中、クレバスの間近くを通過。こんな所に落ちて生還したニマさんに改めて尊敬の念を抱く。

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エベレストベースキャンプ(5,364m)に到着。エベレストの登山繁忙期は5月なのでベースキャンプにテントは殆どない。シーズン中はテントで一杯になるそうだ。

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各々で記念撮影。後から来たインド人パーティーと「Made it!」とみんなで叫ぶ。インド人パーティは、装備も滅茶苦茶で途中水を提供したりしたが、意外とガッツがあり全員ベースキャンプまで到達できた。

ジュリアンのパルスオキシメーターで血中酸素飽和度を測定してみたところ、自分は89とまだ大丈夫。しかし、ジュリアンは73でハンザワ君は68しかなくかなり厳しそうだ。ジュリアンは既にガイドに自分は明日のカラ・パタール登頂は断念し、下山するとガイドに告げていた。ハンザワ君は明日の朝の状態で判断するとのことだったが無理は禁物だ。自分も寒さで凍えるのでロッジに早く戻りたいところだ。ゴラクシェプからベースキャンプまで鼻水が垂れっぱなしである。

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夕食は、シェルパ・シチューを食す。流石に固形物より、この標高ではシチューの方が食べ易い。

ここのトイレは、日中は外側のトイレを使用して欲しいと言われるが、外のトイレは便が便器の外側にまで溢れるほど堆積している。こんなところで用を足すなら外でしても同じではないかと思ったら案の定トイレの建家付近に人糞が落ちている。今回は、繁忙期より前のトレッキングだが、シーズン中は、ロッジに人が泊まり切れず、大型テントを設置するほどだとのことだった。閑散期でトイレがこの状態では繁忙期は想像したくない状態になりそうだ。

エベレストトレッキング(Day7, March 3,2017)

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7日目。ディンボチェから標高4,930mのロブチェに向かう。トゥクラの前で後に問題となるオーストラリア人8人のパーティーを追い抜く。ガイド一人に対して8人が同行しており、個々のペースが合わずバラバラになっている感があった。トゥクラで昼食後、エベレストで亡くなったシェルバ族の墓のチョルテンが立ち並ぶ一帯に出る。

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トゥクラから先は勾配もキツくなり、酸素の薄さが実感できるようになってきた。トゥクラからロブチェまでの区間は高山病の症状が悪化し易い危険なルートの為、特にゆっくりとしたペースを維持しながら歩く。

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ロブチェのロッジに到着。個室で寝袋の準備をするが、部屋の中でも暖かさは全くない。

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ロブチェ付近の丘を登りクーンブ氷河を一望する。氷河といっても表面は砂利に覆われていて所々氷の裂け目が見えるだけだ。左手には標高7,165mのプモリも間近に見える。

ロッジに戻ると緊急搬送のヘリが慌ただしく着陸していた。ちょうどジュリアンに同行しているガイドもいたので話を聞いてみると中国人の女の子が高山病で重篤な状態になり緊急搬送したとのこと。ガイドは一様に厳しい顔をしており、かなり症状が厳しいことを伺わせる。ジュリアン、ハンザワ君とロッジで話をするが二人とも高山病の症状が出ていて、特にハンザワ君は頭痛が酷く辛そうだった。頻繁に高山病対策として水を飲んでいる。自分は、殆ど水を飲まずに歩くことができた。水を飲むと体温が下がりそうだったので喉が渇かない限りは極力飲まないようにしていたが問題は無かった。

出発前夜から風呂、シャワー無しの生活だが、乾燥している上、この寒さなのでそれほど臭いや身体の汚れが気にならない。流石にパンツと靴下は3日に一回のペースで替えていたが、上半身のアンダーウェアは、ユニクロヒートテックパタゴニアのメリノウールのウェアしか持って来ていなかった。綿のTシャツを2枚持って来ていたが綿のシャツは汗で濡れると乾かず身体が冷えて危険なので使えなかった。昨日からメリノウールのアンダーウェアに着替えたが保温、消臭効果は抜群だった。

エベレストトレッキング(Day6, March 2,2017)

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6日目。ディンボチェで高度順応。

ディンボチェから5km程先のチュクン(4,743m)まで往復する。チュクンは、アイランド・ピークに登るルートでの拠点となる。ディンボチェでは朝から緊急搬送のヘリが2機ヘリパッドに飛来する。高山病患者の緊急搬送ということでガイド間でも状況を情報交換していた。タンボチェから標高の高い村に向かう緊急搬送のヘリを見かけたが自分が泊まっている箇所の目の前で離着陸するのは初めて。

ディンボチェで初めて頭痛を感じたのでロキソニンを一錠飲む。高山病というよりあまりの寒さで頭が痛くなった感じだ。部屋の水は全て凍り、朝から暖房もない環境で過ごさなければならないのでかなり辛くなってきた。こういう状態では早く身体を動かして暖めた方がいいのですぐにチュクンに出発する。

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チュクンへは、ヌプツェ、ローツェを左手に見ながらローツェ氷河方向に向かう。標高6,198mのアイランド・ピーク(中央右側)が見える。アイランド・ピークにはアイゼン、ピッケル等の雪山登山の本格的な装備が必要になるので簡単には行けない。

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2時間でチュクンに到着。パスタを食べてから手前の丘に登りディンボチェに戻る。

 

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ヌプツェ、ローツェが間近に見える。アイランド・ピークが近くに見えるので行きたいところだが、危険なローツェ氷河が遮っている。ローツェ氷河はクレバスもあるのでガイド無しでは相当危険とのことだった。タンボチェで会ったアンドウ君は、ガイド無しで一旦アイランド・ピークに向かうということだったので大丈夫だろうか。

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アマダブラムも間近に見える。アマダブラムのベースキャンプは、ディンボチェの手前付近に見えたが誰もいないようだった。エンドウ君とアマダブラムなら登ってみたいと話をしていたが、全然登れるように見えない。

ディンボチェに昼過ぎに戻り後は休憩する。

エベレストトレッキング(Day5, Feb 29,2017)

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5日目。若干下降し、アマダブラムを正面に見ながら標高4,350mのディンボチェを目指す。

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6時間の行程と言われていたが4時間でディンボチェに到着。ゆっくり歩いているとはいえ、7km程度であればそんなに時間はかからない。4,095mから上は初体験だったが、体調に変化はなく快調だった。しかし、やはりディンボチェから色々と厳しくなるのを実感することに。

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ディンボチェでは高度順応の為、2泊する。このロッジも個室でいいのだが宿泊客は自分一人で寒い。ここから、部屋内でもペットボトルの水が翌朝には完全に凍る事になる。外の青いタンクは水が入っており、トイレ内にもあるのだが、午前中は凍っているのでトイレが流せなくなる。トイレは、桶で水を汲んで自分で流す手動式。

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部屋で休んでいたら外にヤクの一団がやって来る。ヤクは一頭1,000ドルということでひと財産とのことだった。

ディンボチェでは、長崎から来ていたエンドウ君と知り合う。彼も今年大学卒業ということで今春から名古屋の病院で研修医になるとのこと。エンドウ君は、登山経験も豊富で、ガイド無し、一人で17kgの荷物を担いで登っている。彼は、自分より一日早い行程で来ていたのだが、ルクラには飛行機で来れず、たまたま7人で飛行機と同じ料金でヘリが利用できたのでヘリでルクラまで来たとのことだった。エンドウ君は、今回のトレッキングで初めて日本人に会ったということでお茶を奢る。

ディンボチェでは部屋の鍵を落とすという失態をしてしまった。ズボンのポケットから落ちたらしく、下村でエンドウ君と話をした後、ロッジに戻って南京錠の鍵を開けようとして気付いた。結局、ロッジのある上村と下村の間を2往復したところで近くの雑貨屋に届けられているのを見つけた。通りがかったガイドが拾い、店に届けてくれたとのことでお礼に店でお茶を飲み、トイレットペーパーを購入する。

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夕食は、ロッジでヤクのチーズがたっぷりかかったパスタを食べるが、チーズに独特の臭みがありあまり美味しくない。それでも残さず完食し就寝。

エベレストトレッキング(Day4, Feb 28,2017)

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4日目の朝は快晴。前日の夜に明日から天気は回復すると言われていたが、本当に雲一つ無い快晴になった。以後、天候に恵まれ快晴の日が続く。

ナムチェからコンデ峰を一望する有名なカットを撮影。ナムチェのこの眺めは素晴らしい。

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山腹道をタンボチェに向かって歩く。エベレスト、アマダブラム等のクーンブ山群を正面に見ながら歩く素晴らしい山道だ。3時間程でタンボチェに着いたが、眺めのお陰であまり疲れを感じなかった。

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タンボチェに到着。タンボチェからの眺めも素晴らしい。

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タンボチェのロッジで昼食のダルバートを食す。ここのダルバートも美味しかった。

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ロッジの部屋は、ナムチェに比べると簡素だがまだマシ。標高の低いパクディンのロッジの部屋はイマイチだったのでロッジの部屋に耐性が付いたかも。

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道中では3人の日本人と知り合う。タンボチェのトレッカーズ・ロッジで記念撮影。手前のマツイさん、アンドウ君は6,198mのアイランド・ピークまで行く猛者。マツイさんは、南米のアカンカグアにも登頂したことがあるとのことで南米の話を聞く。アンドウ君はガイド無しで登っている本格的なクライマー。東京でボルダリングをしているとのことで体格も凄い。ハンザワ君は、今年早稲田を卒業し、4月から新橋の会社で働くとのことで卒業旅行に来ていた。以降、ハンザワ君、ジュリアンとは同じ行程でベースキャンプまで一緒に行く。マツイさんも医療関係者ということでパルスオキシメーターを持っていたので測ってみる。マツイさんは流石の95、自分は92、ハンザワ君とジュリアンは80とあまり数値が良くない。案の定、この二人は後に高山病に悩まされることになる。

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タンボチェの僧院「ゴンパ」をジュリアンと見学。中は撮影禁止とのこと。ドイツ人のヒッピー風の人が中の案内役をしていた。

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夕日に染まるアマダブラム、ヌプツェ、ローツェ。

タンボチェ(3,870m)から更に寒さが厳しくなってきた。自分とジュリアンが宿泊しているロッジは、他に2組しか宿泊客がおらずストーブも短時間しか付けないので非常に寒い。日本人3人が泊まっているトレッカーズ・ロッジはドミトリーだが、宿泊客が多いので暖房も効いており快適な印象だった。正直、シングルの部屋でなくてもいいので暖かいロッジに泊まりたかった。